【連載】鉄道運賃法制度の概観(1.はじめに)
2023年12月に頒布した「旅するマネージャーの落書き その1」で書き下ろした「鉄道運賃法制度の概観」を今回ブログの連載として再投稿してみようと思います。もっとも執筆後1年半経っているのでそのことを踏まえつつ書くとともに、せっかく買ってくださった方が居るので全部が全部おおっぴろげにはならないようにしたいと考えています。
はじめに
本連載では鉄道運賃制度について扱う。といっても、鉄道会社がそれぞれ規律している旅客営業規則などについてではなく、現在の鉄道事業法に基づく制度を概観しその内容を適切に理解する内容にしています。適宜過去の法令(改正前鉄道事業法や地方鉄道法)や行政法一般の事項を参照するのみならず、近時は鉄道運賃制度についての制度変更1も進んでおり、それに関わる諸法についても見ていきます。本連載は、原則として2023(令和5)年11月1日時点で判明している事項を掲載している。
なお、軌道については別途軌道法や同法施行規則により規律されているが、鉄道事業法の例に倣うことが多く、本稿でも軌道法の条文は省略することがある(軌道法が古い法律と言うこともあり、運賃制度を含んだ細部については通達で補っているところが多いのもその理由である)。
軌道法11条1項で「軌道経営者ハ旅客及荷物ノ運賃其ノ他運輸ニ関スル料金(中略)ヲ定メ国土交通大臣ノ認可ヲ受クヘシ」と定めがあり、平成8年12月11日鉄業第81号「総括原価方式の下での上限価格制の実施について」により、審査基準は「上限運賃による総収入が総括原価を超えないこと」と、実際上鉄道事業法16条2項と同様に定められている。なお、届出による実施運賃の変更は認可の際の条件で付される。
また、新聞報道などで俗用として「運賃改定申請」や「運賃値上げ申請」などの表現が用いられる部分でも、「(上限)運賃認可申請」などできるかぎり法令の用語に準拠した記載をしている。もちろん、読みやすさにも気を遣っているはずです。
さて、そもそも鉄道運賃にはどうして規制が必要なのでしょうか。それは鉄道というインフラが大量の人員を輸送するものであり、しかも旅客運送において支配的立場を有している2ため、もし運賃がやたら高額な場合およそ誰もが使えないようなインフラになるか、(交通機関が鉄道しかないために)仕方なく利用せざるを得ないということが充分にあり得るからです。
では、安ければいくらでもよいかと言われれば、経営の安定のことから問題になる。過度な価格競争が起こった例として明治期の関西鉄道(現・関西本線、片町線など)と官営鉄道東海道線がある3。当時この両線は名阪間の速達性ではほぼ互角であった。1902(明治35)年8月に関西鉄道が値下げを始めたことを皮切りに、両線はものの1週間で3等運賃において約35%もの値下げを行った。一度は1か月ほどで運賃に関して相互同一にする旨の協定を結んだものの、翌1903(明治36)年10月に官営鉄道(鉄道作業局)が運賃改定したのに対し、関西鉄道がこれを協定違反とみなし運賃を引き下げたことによりさらに過激か値下げ合戦が勃発した。最終的には1904(明治37)年1月、名古屋商業会議所が貨物輸送の停滞をも生じていると逓信大臣に建議し、大阪府知事や国会議員による調停がなされるに至った4。この例では特段経営悪化などが発生したわけではないものの、少なくとも旅客及び荷主の混乱を招いたことは明らかである。万一過激な運賃競争により経営が傾くようなことがあれば、鉄道の利用に支障を来し結果的に利用者が不便を被ることは明らかであろう。また、これらの運賃競争の過程においては、(あったかどうかは別にして)法的規律がなされていたわけではなく、客観性、すなわち利用者の信頼保護にも欠けている。
結局、端的にその理由を述べるとすれば鉄道運賃はその公共性・大量輸送の特質から規制が敷かれていることになる。
脚注
- 鉄道局「第9回 交通政策審議会 鉄道運賃・料金制度のあり方に関する小委員会 国土交通省説明資料」2023年2月8日 ↩︎
- なお、今や長距離交通としては一定の留保が必要。 ↩︎
- 鉄道省編『日本鉄道史』中篇(1921年)pp.172-178 dl.ndl.go.jp/pid/2127166 ↩︎
- 結果的には日露戦争により運賃競争は終息した。 ↩︎
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