【連載】鉄道運賃法制度の概観(3.具体的な審査)

鉄道運賃法制度の概観

その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7

2023年12月に頒布した「旅するマネージャーの落書き その1」で書き下ろした「鉄道運賃法制度の概観」を今回ブログの連載として再投稿してみようと思います。もっとも執筆後1年半経っているのでそのことを踏まえつつ書くとともに、せっかく買ってくださった方が居るので全部が全部おおっぴろげにはならないようにしたいと考えています。

運輸審議会

鉄道事業法64条の2では、この認可処分/拒否処分を行う前に運輸審議会に諮問しなければならないとしている。運輸審議会は、法務、消費者保護、経営、流通などの分野に携わる専門家の委員6名からなる審議会である。同委員会は、鉄道事業法に関係するものに限らず、航空法や道路運送法などに基づき運輸行政に関わる行政処分の際に国土交通大臣から諮問を受ける機関である。

さて、鉄道事業法に基づく運賃認可の手続きの流れをみていこう。まず、鉄道事業者は国土交通大臣あてに運賃変更認可申請をする。申請に関する書類に必要なものは以下の通りである(鉄道事業法施行規則32条2項、3項など参照)。

①氏名又は名称及び住所
②設定しようとする旅客運賃の上限を適用する路線
③設定しようとする旅客運賃の上限の種類、額及び適用方法
④変更の認可申請の場合には、変更を必要とする理由
⑤鉄道事業法施行規則第32条第4項の規定に基づき、所定運賃を上限の種類、額及び適用方法と同じものとする。また、軌道の所定運賃を上限の種類、額及び適用方法と同じものとする旨(つまり、実施運賃を別に定めない場合)
⑥旅客上限運賃の上限の額の算出の基礎を記載した書類(原価計算書など)
⑦実測換算中心キロ程表(軌道法施行規則19条2項には明示、鉄道事業法上は不要だが、JR以外はだいたい提出している)

申請を受けた国土交通大臣は運輸審議会に諮問する。また、これと並行して鉄道局は申請についてパブリックコメントに付す(参考:2016(平成28)年9月14日付け国鉄事第150号通達別添の『鉄軌道事業の旅客運賃等上限設定・変更認可申請事案に係るパブリックコメントの実施要領』。それ以外は行政手続法に準じて実施)。

運輸審議会は諮問を受けて初回審議で「重要認定」という手続きを行う。諮問内容が軽微であると運輸審議会が判断した場合には国土交通大臣が審議会の答申を待たずに処分できる(国土交通省設置法15条3項)。

初回審議で重要と認められたものは、運輸審議会委員がその内容につき実体的に判断していくことになる。その中で疑問が出てきた際や、そもそもの申請内容に関する解説・委員の質問に対する回答は国土交通省鉄道局の職員がこれを作成して委員に提示している。パブリックコメントについても審議の際に資料として参照される。

これらの手続き・審理ののちに公聴会が実施される(公聴会の実施自体は重要認定に合わせて行われているようである)。公述人(利害関係人など)と申請者(つまり鉄道事業者)がそれぞれ自らの意見を述べ、運輸審議会委員がそれぞれに質問を発する。

【利害関係人について補足】
定期券を継続的に購入している者であれば少なくとも利害関係人として認められる。また、令和4(2022)年の近畿日本鉄道の運賃改定申請に際しては荒井正吾奈良県知事(当時)が公述人として参加している。

なお、公述人の申出が(申請者以外に)1件もなければ開催されない。その際には運輸審議会が申請者に意見聴取を実施することがある。上述の公聴会や、申請者からの意見聴取は運輸審議会が職権で決定する。

その後運賃申請を認可すべきとなれば、答申書が作られ、その通り答申される。答申書を受け取った国土交通大臣は基本的にはその通り認可処分を行う。答申書の作成、答申は不認可や条件付き認可でも同じである。これらの申請から認可までの標準処理期間は1か月から4か月とされている(参照:鉄道局審査基準一覧表)。

審査基準~総括原価方式~

鉄道事業法上の運賃認可審査基準は「能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであるかどうか」となっている(同法16条2項)。これは一般に総括原価方式と呼ばれている。総括原価方式は算定根拠が分かりやすいだけでなく、インフラとしての鉄道の利便を確保(つまり、支配的地位に乗じた高額運賃を設定できないように)しながら、なおかつ事業者の収益を確保できるものである(次頁の図1の国土交通省の図解が参考になるだろう)。

国土交通省はその収入原価算定要領を定めており、運賃改定後3年間の推定の算定をもって運賃認可の是非を決するとしている。兼業している鉄道事業者については鉄道事業部門以外を収支計算から除外して処理するとしている。この要領が鉄道事業者によって大きく異なる。すなわち、「中小民鉄」か「JR旅客各社、大手民鉄及び地下鉄」かにより大別される(例えば北大阪急行でも中小民鉄として処理されている。)。

ただ、結果的に「適正な利潤」にあたる配当金等の大きさを考えてみると、事実上「値上げをしても向こう3年間の赤字が見込まれるか、黒字ではあるにせよ赤字ギリギリであること」が運賃改定の基準となっている。

総括原価方式の概要(図は大手民鉄等を念頭においた説明) 国土交通省「鉄道運賃・料金制度のあり方に関する小委員会」第8回会議資料

中小民鉄~積み上げ方式~

まずは単純な中小民鉄から説明する。

収入は、旅客運輸収入、貨物運輸収入、運輸雑収、営業外収益を単純に積み上げる。旅客営業収入及び貨物運輸収入は過去及び将来の特殊事情を考慮して計算してよい。運輸雑収及び営業外収益は実績を基に、増収努力を見込んで算定する。このあたりは大手民鉄等に比して甘い基準になっている。

他方、支出に当たる原価は、人経費、修繕費、経費(動力費その他の経費)、諸税、減価償却費、営業外費用(支払利息その他の費用)、配当所要額を単純に足し合わせる。なお、配当所要額が条文でいうところの「適正な利潤」であり、払込資本金に対し10%配当に必要な額の鉄軌道事業分担額とされている(要はこの制約をかけることにより、利用者の利便を優先し、公共サービスとしての鉄道の意義からみた適正な利潤だけを事業者が得てよいものとしているわけである)。

JR旅客各社、大手民鉄及び地下鉄~ヤードスティック方式~

これに対し、JR旅客各社、大手民鉄及び地下鉄は少々複雑な算定方法となっている。本稿執筆時点から大幅に変わっている部分もあるので新たに書き直している(算定要領算定要領の運用について)。また、見直しについては、交通政策審議会での資料が参考になる1

収入については中小民鉄とほとんど変わらないが、定期外及び定期別に推定輸送量を算定したうえで、平均支払い運賃を乗じ、逸走(他事業者や他交通機関に流れること)分を控除して収入を算定する。運輸雑種、営業外収入については過去の実績に準じて計算する。この計算については中小民鉄より厳密である。
たとえば、名古屋鉄道の2023(令和5)年5月26日申請分に対する審査では、コロナ禍による輸送人員の推計はコロナ禍の影響がなかった場合の推計を行いそののちに影響を差し引くような形で行われている。また、定期・定期外の別、通勤・通学・私用・(空港連絡鉄道であるので)空港利用別に利用者数を推計している2

他方、支出(原価)については異なる計算方法となっている。「線路費、電路費、車両費、列車運転費、駅務費の適正コスト」、車両・共同駅・線路等の使用料収入、特急料金収入のための人件費、動力費等、賃借料、固定資産除却費、研究開発費、諸税、減価償却費、雑支出、法人税、事業報酬等々を合算することになっている。

そして「線路費、電路費、車両費、列車運転費、駅務費」の5費目については、ヤードスティック方式が採用され、JR、大手民鉄、地下鉄のカテゴリごとに基準コスト(の計算式)が算定されている。ヤードスティック方式は、対象となる各社の経営状況等を一定の指標を基に比較し、各費目の適正コストを計算する方式である。同方式を採用する理由は、大手民鉄などは、中小民鉄に比べて経営規模や事業環境が互いに似通っているため、このような形で経営努力を定量的に比較することでコスト削減のインセンティブを与えるためである。なお、研究開発費はヤードスティック方式対象から外された。

基準コスト(の計算式)は、重回帰分析により求められているものである。指標(説明変数)はカテゴリごとに異なるが費目ごとに2~3個設定されており、指標の数値は1年ごとに更新されている。このことにより運賃改定の計算方法が透明化されていると評価できよう。なお、この5費目が鉄軌道事業の営業費用に占める割合はJRで4割前後、大手私鉄と地下鉄で5割程度である3なお、説明変数の見直しも行われている。

さて、運賃改定申請に際して実績コストが上記方法で求められた基準コストを上回る場合、つまり(他社と比較すると)非効率的な事業者は基準コストがそのまま適正コストになる。他方実績コストが基準コストを下回る場合は、つまり(他社と比較すると)効率的な事業者は基準コストに実績コストと基準コストの差分の半分が加算される(加算される部分は効率的な運営をしている鉄道事業者にとっては想定される支出より多い額を支出として扱えるため、メリットがあるといえる)。

上記の適正コストに前回運賃改定からの経年変化努力を反映させ、更に人件費・物価の上昇率を加味し、更に、賃金上昇や物価上昇率を加え、最終的な適正コストを算出する。

ヤードスティック算定対象以外の支出について、以下の事には注意しておきたい。これは「運用」で書かれているところもある。
・動力費について、燃料単価の変動を加味できるようになった
・事業報酬や法人税等についての算定方法は、(かつての会社法の)額面配当の概念を取っ払い、計算方法を見直している。
・研究開発費について、平年度の最終年度決算確定後速やかに研究開発費の実績額を公表することが運賃改定認可の条件として付される。
・減価償却費については、平年度3年間分だけではなく、更に3年足して6年分を平均して算定することができる。あるいは、政策的に必要の高い設備投資について、将来の減価償却費を半分まで前倒しで計算できる。これらの前倒しを行った場合、運賃改定においては期限の条件を付すこととなっている。
・事業報酬の計算についても変更がある。

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  1. 国土交通省鉄道局「収入原価算定要領の 見直しの方向性(案)について」2023年6月 ↩︎
  2. 国土交通省鉄道局「名古屋鉄道株式会社における 運賃改定申請について(運輸審議会ご説明資料)」2023年6月13日 ↩︎
  3. 国土交通省「JR旅客会社、大手民鉄及び地下鉄事業者の基準単価・基準コスト等の公表について」2024年7月31日 ↩︎