【連載】鉄道運賃法制度の概観(6.加算運賃)
2023年12月に頒布した「旅するマネージャーの落書き その1」で書き下ろした「鉄道運賃法制度の概観」を今回ブログの連載として再投稿してみようと思います。もっとも執筆後1年半経っているのでそのことを踏まえつつ書くとともに、せっかく買ってくださった方が居るので全部が全部おおっぴろげにはならないようにしたいと考えています。
その5までで示したものは、(新幹線はともかくとして)どの鉄道事業者も実施しているものであり、いわば「通常ルート」である。ここから述べるのはそれ以外の運賃設定ができる場合のことである(なお、特定都市鉄道整備促進特別措置法(特特法)による運賃を値上げして、複々線化・複線化・立体交差などのための工事費を積み立て(工事終了後に取り崩す)制度はあるが、税制優遇の措置がなくなったことにより現在使われることがないので説明は省略する)。
加算運賃制度の概要
加算運賃は路線建設時の費用を賄うために加算される運賃のことである。運賃認可の基準は通常の運賃と同じく、鉄道事業法16条2項の審査基準による。
加算運賃については、その実態が通常の運賃に比べて不明瞭であったところ、平成25年に「加算運賃の終了時期の判断方法と情報提供の方法について(以下、加算運賃の情報提供通達)」という通達で特に利用者への情報提供についてその取扱いが決められている。加算運賃は上述の通り、新規路線の資本コストを回収するまで設定できるものであるとされている。そのため、回収率100%になると当然廃止されるものであるといえる。また、それ以前に加算運賃を経営判断で減額・廃止することは当然に認められる。
近時の廃止例では、京王相模原線(2023年10月1日完全廃止)。近時の減額例では京急空港線(2019年10月1日に170円から50円に引下げ)、千歳線(2019年10月1日に140円から20円に引き下げ)。
また、事務取扱上の通達(平成12年鉄業第16号「鉄道事業法の一部改正に伴う鉄道の旅客の運賃及び料金の設定等に係る取扱いの簡素化について」)で上限額が認可されているとしても、増額することはできず、また廃止の際には国土交通大臣(または地方運輸局長)に報告を要し、報告の時点で認可が失効することとされている。
回収率
回収率は(「C加算運賃収入の累積額」+「D基本運賃収入からの累計回収額」)÷(「A設備投資額」+「B施設使用料、支払利子」)×100(%)で計算される。Aは最初の建設費用、Bは上下分離方式で運営している場合の賃借料など毎年加算運賃設定区間に発生するコストが該当する。Cは加算運賃を単純に積算した額である。そして「D基本運賃収入からの回収額」が含まれるのは、加算運賃の情報提供通達によれば、「1社1運賃制度の下、基本運賃収入等で路線全体の運営がなされている中で生み出された利益についても、当該投下資本による寄与があり回収に充当されている1」との考え方に基づくものである。すなわち、鉄道会社は全線から(基本)運賃を収入として得ており、そのうち一定割合は加算区間から発生するものである。すると、鉄道事業の利益のなかで、その一定割合は加算区間から生まれたものであるといえるから、建設費の回収に充てられるべきである、という意味である。
Dの計算方法は以下の通りである。まず、鉄道事業が赤字の場合は0円である。鉄道事業が黒字の場合は、「鉄道事業の利益」×「加算区間から得た基本運賃÷鉄道事業全体から得た基本運賃」で計算される。
これらの収入、支出、回収率については、加算運賃を設定している事業者が毎年必ず公表すべきものとされており、上記通達にあるものに一定のフォーマット(直近5年分の回収状況など)が定められている。これに合わせて「終了時期についての見解等」を示すこととなっているが、「今後の運賃の収受状況を見ながら、加算運賃の終了等の対応を考えてまいります」などと通り一辺倒の言い方になっている。
設定と終了について
加算運賃は設定の際には総括原価方式による3年間分の審査をするわけだが、審査基準は先述の通り、収入が支出+配当所要額を超えないこととなっている。その範疇により経営判断で鉄道事業者が申請(及び時後の引き下げの届出)をする。他方で、加算運賃は建設費を回収できるまで設定できるものであり、施設使用料や支払利子にも充当できるものである。特に閑散線区に設定されている場合はもちろん、第三セクター方式で建設されている場合(阪神なんば線や近鉄けいはんな線生駒以東などがこれにあたる)もこれらが要因となって回収が進んでいないという現状があると言えよう。
例えば、加算運賃の現在残っている回収額「E=A+B-C-D」を直近年度の「F=C+D-B」で割ってみればおおよその償還年数(E/F)が求められる。線区によっては直近年度のFの値が負を取る場合(もはや加算運賃による建設費の回収が不可能であることを意味する)もあるが、そうでない線区で2022(令和4)年度の値を基に調べてみると最も値が小さくなるのは京急空港線の20年(E:14823百万円、F:750百万円)で、最も値が大きくなるのは京成東成田線の2263年(E:67869百万円、F:30百万円)である。あくまで試算であるのでブレがあることはご承知願いたい。
過去の加算運賃の計算については弊記事を参照。
関連法令~都市鉄道等利便増進法~
加算運賃制度と関連するスキームとして都市鉄道等利便増進法についても触れておく。同法は既存の鉄道ネットワークを有効活用しながら利便増進を図るための制度を定めている。利便増進の方法は2種類あり、乗り換え解消による「速達性向上」と、乗り換え利便性向上のための「交通結節機能高度化」がある。後者については阪神三宮駅の改良事業がある。こちらは運賃制度と関係ないので省略する。
他方の「速達性向上」については現状、「相鉄・JR直通線(西谷~羽沢横浜国大駅間)」と「相鉄・東急直通線(羽沢横浜国大~日吉駅間)」が該当する。そのスキームは以下の通りである。路線の整備は公的主体である鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄運機構)である。その整備費は、国、地方が各1/3、鉄運機構の借入で残り1/3を賄う。鉄道事業者は鉄運機構からこれを借り受けて運営する。その際の施設使用料は、各鉄道会社の受益相当額になる。つまり、当該路線が整備された場合とされなかった場合の利益の差額(収入の増分から経費の増分を引いた額)を施設利用料として鉄道事業者から鉄運機構に支払わせる。そのうえで、通常運賃のみから計算される施設使用料では、鉄運機構の収支が保てないので、その収支が見合うような額(具体的には鉄運機構の累積資金の黒字転換が30年程度で起こるように収入額を増加させる運賃)を加算運賃に設定している2。
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