「一本列島」急行列車夢の跡 【山陰本線篇】
かつて庶民の足として親しまれてきた国鉄、そしてJRの急行列車。この記事では1988年3月「一本列島」のコピーライツの通り、青函トンネルと瀬戸大橋の開業で北は稚内から南は枕崎間で鉄道で移動できるようになった時の時刻表から急行列車だけを取り出してその円熟期の姿を見たい。
この記事は山陰本線線(宮津線・舞鶴線・小浜線)篇です。
可能な限りその列車の現在についても触れていますが執筆時点の知識不足により満足な記述がされていない場合がありますのでご了承ください。
まずは夜行列車から。
列車名 | 列車番号 | 発駅 | 発時刻 | 着駅 | 着時刻 | 備考 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
夜行 | だいせん | 705 | 大阪 | 22:20 | 倉吉 | 4:16 | 出雲市6:49着まで快速列車 福知山線経由 |
夜行 | だいせん | 706 | 倉吉 | 23:59 | 大阪 | 7:09 | 出雲市21:21発快速列車から 福知山線経由 |
近畿地方から出る山陰本線への夜行は福知山線経由であった。だいせんの名はのちに鳥取~米子間の臨時特急で復活している。
列車名 | 列車番号 | 発駅 | 発時刻 | 着駅 | 着時刻 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
ながと | 801D | 浜田 | 6:24 | 下関 | 10:30 | 小倉11:00着まで普通列車 |
さんべ | 802D | 下関 | 12:31 | 米子 | 18:08 | 鳥取21:18着まで快速列車 |
さんべ | 803D | 米子 | 7:40 | 下関 | 14:11 | 鳥取5:04発普通列車から |
ながと | 804D | 下関 | 16:31 | 益田 | 19:40 |
下関方の山陰線特急列車はほかに特急いそかぜ(博多ー米子:3両編成)があるがこれら3往復はすべてなくなり山陰線の益田ー下関間に優等列車の設定はなくなっている。
列車名 | 号数 | 列車番号 | 発駅 | 発時刻 | 着駅 | 着時刻 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
但馬 | 1号 | 611D | 姫路 | 8:06 | 浜坂 | 11:05 | 鳥取12:15着まで普通列車 |
但馬 | 3号 | 613D | 豊岡 | 7:01 | 大阪 | 10:20 | 播但線経由 |
但馬 | 2号 | 612D | 大阪 | 17:00 | 豊岡 | 20:26 | 播但線経由 |
但馬 | 4号 | 614D | 豊岡 | 19:14 | 姫路 | 21:12 | 鳥取17:05発普通列車から |
京都・大阪から城崎・鳥取方面への列車は現在①山陰線経由②福知山線経由③播但線経由④智頭急行経由があるが、現在の鳥取方面への主要ルートである④智頭急行経由は当時まだ開通していない。当時の特急はまかぜ号が大阪と鳥取・倉吉・米子を結ぶ列車として3往復運転されていた。現在はその役割を智頭急行経由のスーパーはくとに譲り、上記急行但馬のように大阪と兵庫県北西部を結ぶ列車として特急はまかぜが運行されている。
因みに当時の特急はまかぜは1・2号車が指定席、3号車がグリーン車、4・5号車が自由席(だいたい現行のスーパーはくとも5両編成だがグリーン車は半室、指定席が2.5両になっている)
急行但馬は1・4号が自由席3両、2・3号が1~4号車が自由席(姫路~豊岡間連結)、5号車が自由席、6号車がグリーン車、7号車が指定席となっている。
最後に京都駅から山陰線・舞鶴線・小浜線・宮津線に直通する列車について書く。現在は特急きのさき・まいづる・はしだて(と大阪駅発の福知山線経由のこうのとり)に整理され、運転区間も宮津線を除けば電化区間の城崎温泉までに限定されているが、当時は特急あさしおと急行丹後、大阪方福知山線はL特急北近畿となっていた。特急あさしおのほうの行き先は倉吉・城崎(和田山経由・宮津経由)・鳥取・米子と多彩であった。(北近畿のほうは現在のこうのとりにかなり近い)
また夜行列車に関しては東京からの寝台特急出雲号が2往復運転されていた。
では急行列車の表を掲げる。量が多いので下りと上りに分けている。
列車名下り | 号数 | 列車番号 | 発駅 | 発時刻 | 着駅 | 着時刻 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
丹後 | 1号 | 901D | 京都 | 10:28 | 網野 | 13:44 | 舞鶴線経由 |
丹後 | 1号 | 4901D | 京都 | 10:28 | 東舞鶴 | 12:27 | 敦賀15:02着まで普通列車 |
丹後 | 3号 | 811D | 京都 | 11:10 | 城崎 | 14:14 | |
丹後 | 5号 | 903D | 京都 | 13:43 | 西舞鶴 | 15:34 | 宮津線豊岡18:05着、敦賀18:04着まで普通列車 |
丹後 | 7号 | 905D | 京都 | 15:30 | 東舞鶴 | 17:37 | |
丹後 | 9号 | 907D | 京都 | 18:08 | 西舞鶴 | 20:12 | 宮津線豊岡22:47着まで普通列車 |
丹後 | 11号 | 813D | 京都 | 20:14 | 福知山 | 21:51 | |
はしだて | 411D | 天橋立 | 14:11 | 敦賀 | 16:34 | ||
わかさ | 401D | 西舞鶴 | 11:00 | 敦賀 | 12:50 | ||
列車名上り | 号数 | 列車番号 | 発駅 | 発時刻 | 着駅 | 着時刻 | 備考 |
丹後 | 2号 | 904D | 西舞鶴 | 7:52 | 京都 | 9:49 | 宮津線豊岡5:20発、敦賀5:09発普通列車から |
丹後 | 4号 | 812D | 豊岡 | 8:41 | 京都 | 10:26 | 山陰線豊岡7:08発普通列車から |
丹後 | 6号 | 906D | 西舞鶴 | 11:21 | 京都 | 13:10 | 宮津線豊岡9:14発普通列車から、敦賀9:16発急行わかさから |
丹後 | 8号 | 908D | 網野 | 14:09 | 京都 | 17:33 | 敦賀13:11発普通列車から(西舞鶴で連結) |
丹後 | 10号 | 814D | 城崎 | 15:04 | 京都 | 18:16 | |
はしだて | 410D | 敦賀 | 11:27 | 天橋立 | 13:49 | 福井10:19発普通列車から | |
わかさ | 402D | 敦賀 | 9:16 | 西舞鶴 | 10:57 | 京都13:10着急行丹後6号へ |
当時宮福線(福知山ー宮津)は未開業。よって京都から網野や宮津、天橋立に向かうには西舞鶴からとなっている。一方舞鶴線は東舞鶴まであと1駅あるわけだから運行系統がややこしくなる。さらに急行わかさなどを見ればわかる通り、運行形態が上りと下りで非対称になっていることも注目に値すべきだろう。丹後1号であれば西舞鶴で分割して他方は宮津・天橋立を越えて網野、他方は1駅だけ東舞鶴となる。急行丹後がもっぱら舞鶴線・宮津線直通ばかりかと思えば3号・10号は城崎行きとなっている。小浜線も急行列車が2往復運転していた。時が経って、特急まいづるが小浜まで臨時に乗り入れることもあったが今は定期優等列車はなくなっている。
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